2006年02月12日

紀元節

2月11日は紀元節であります。(ブログで取り上げるのが一日遅れてしまいましたが)

産経新聞の「正論」欄に小堀氏の論文が掲載されていたのでここにあげておきます。


(2006年2月11日 産経新聞「正論」から)

建国の日に考える憲法と皇室典範  =本来同格に論ずべきものに非ず=
東京大学名誉教授 小堀桂一郎


<<様々に意義深い2月11日>>

「建国記念の日」の意義は記念と言う文字の意味が示す如く、建国の昔を思ひ起すことである。神武天皇が橿原(かしわら)の宮で即位を宣言された日付はもちろん記録に留められてはゐないが、それは一年の中で最もよき日である正月元日のことであつたと想定するのが人間の美意識乃至(ないし)聖性への意識にとつてふさはしい。

そこでその御即位の年を讖緯(しんい)の学によつて算定し、その年の元旦を、明治六年に公定した現行の太陽暦に換算してみると二月十一日に当ることが算出できた。それは元来日本国紀元開始の日付なのだから、制定当時の如く、紀元節と呼ぶ法が適切である。

さて、公私を問はず人間にとつて重要な行事はそれにふさはしい「吉日(よきひ)」を選んで挙行するのがよい、という思想は古今東西の人情の自然と言へるだらう。神武天皇の御即位がその年の元旦だつたらうと考へた『日本書記』の編纂(へんさん)者に倣(なら)つて、明治二十二年の大日本帝国憲法の発布を、その年の二月二十二日・紀元節といふ吉日を期して遂行した明治の先人の感性も、やはり一種の美乃至聖性の意識に発したものだとして改めて賛意を表したくなる。

即ち、現行の「建国記念の日」は我が国の近代史に即して考へてみれば帝国憲法発布の記念日でもある。だからこの日を記念する行事の意義づけの一環として、国民にとつて憲法とはいつたい何か、如何なるものであるべきか、といつた問題を、その根本から考へてみる日だ、という受取り方にも意味があらう。

その発布の記念日に便宜的に現在明治憲法とも呼んでゐる旧帝国憲法制定の沿革と、それに費やした先人達の苦心、そしてその各条章の本文にこめられた国憲の法理の本質を思ひ起し、再考してみるのである。それは現行一九四六年憲法の根本的改定が漸(ようや)く現実の日程に上つてきたかに見える今日、新憲法のあるべき姿を考へるためにはむしろ必須の前提だと言つてよい。

<<占領政策により事情一変>>

そこまで考へた以上,更にもう一歩進めて思ひ起したいのは,明治二十二年二月十一日は、憲法と同時に皇室典範が制定された記念日でもある,といふことである。そのことの記憶が必ずしも広く深く普及してゐるわけではないのは当然かもしれない。皇室典範は確かに憲法と同じ日付で制定されたのだが、公布はされなかつたからである。

明治の皇室典範は、本来が皇室の家法であつて、憲法と同格に扱はるべきものではなかつた。憲法を越えた存在であり、将来その必要が生じた時にも議会がその改定を発議したり審議したりするべきものではなく、国民がそれに関心を抱いてその法理に容喙(ようかい)したりしてよいものでもなかつた。だから制定はされても当初は官報を以て公布したりする性格のものでもなかつた。

ところが、昭和二十年の秋、敗戦国日本にアメリカの占領軍が、天皇をも日本国政府をも上廻る強大な政治権力の行使者として乗込んできたことにより事情は一変した。

今更言ふまでもない周知の事実だが、占領軍はハーグ陸戦法規第四十三条の国際条約を平然と蹂躙(じゅうりん)して、占領地の国法を恣(ほしいまま)に改変するという違法行為を敢へてした。帝国憲法の事実上の破棄と同時に、とかく忘れられがちの事であるが、皇室典範の改定も占領軍に強要されたものである。

<<皇室の家法から一般法に>>

その動機は、言ふまでもなく、皇室の権能を極限まで弱体化し、アメリカの対日国家戦略の根底に潜む標的である共和制革命を、日本の内側から発生せしめる事だつた。

天皇の地位だけは国内秩序維持といふ当座の必要から、彼らはむしろ温存しようとした。それ以外の皇室・皇族の権威を限りなく無に近づけるために、占領軍は天皇の弟宮御三家を除く全皇族宮家の皇籍離脱を画策した。これも国際条約違反行為であるが、皇室経済法施行等の締め付けを以てすれば、直接的な暴力を用ゐなくても皇族制度の解体は一見合法的に実現した。

皇室典範は昭和二十二年五月を以て、よもや憲法を超えた皇室の家法ではない、一般法の次元に格下げとなつた。現今総理大臣の私的諮問機関といつた、何の権威も持たぬ素人集団が、畏(おそれ)れ気もなく典範改定を論(あげつら)ひ、結論を出したといふ異常な光景は全く以てこの時の「革命の布石」に遠因がある。ここに予想される国体変革の禍患を未然に防ぐために、拙速なる典範改定案の審議上程を凍結し、皇位継承の大原則を守り貫かなくてはならないのだが、秋篠宮家の朗報は、暗夜にさしそめた一筋の曙光(しょこう)といへよう。あとは天佑(てんゆう)を祈るばかりである。(こぼりけいいちろう)



私は小堀氏のこの意見に同意,まさに正論という気がするのです。
何でもかんでもアメリカナイズされてしまっているように見える今日,本当にこれで良いのかと思えてなりません。

皇室典範改定案の今国会への提出は見送られるようですが,だからこそこの時期に天皇・皇室についてよく勉強しなくてはならないと思うのです。二千年以上続いてきた歴史と伝統の重みやその価値を言葉を駆使して共有したいものです。



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posted by ippei_kagurazaka at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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